バリューインフォ

Dorothy Draper - ドロシー・ドレーパー

女性初のインテリア・デザイナーとして、
1900年代前半に絶大な人気を誇ったドロシー・ドレーパー。

その時代、斬新でありながら格式高いインテリアを数多く遺し、今もなお多くのアーティストやデザイナーに影響を与え続けています。彼女が創設した”Dorothy Draper & Co.Inc”社は、愛弟子である現社長 カールトン・バーニー氏に引き継がれ、今もその伝統と哲学を守り続けながら、多くのプロジェクトを手掛けております。

そして、世界最高峰といわれる伝統と技術を持つ”KINDEL(キンデル)社”が”Dorothy Draper & Co.Inc”社のライセンスのもとに、魅力的なコレクションを生産し、その製品は全世界で愛用されております。

The Dorothy Draper Collection

Neo-baroque(ネオ・バロック)と称されるに相応しい、クラシカルなフォルムを残しつつ、モダンでグラマラスな印象を与えるファブリックを多数生み出しています。

偉大なるオペラ歌手のマリア・カラス用に制作したバニティ・チェアや映画「SEX AND THE CITY」にも登場したチェストなどラグジュアリーで大胆なディティールは多くの著名人を虜にしています。

チェスト KI.88-007-07 W107×D48×H91cm
ダイニングテーブル KI.88-012 φ122×H76cm
サイドチェア KI.88-084 W56×D57×H91 SH49cm

Dorothy’s World

世界中から注目を集める米アカデミー賞バックステージにはノミネートされた人々だけが入ることができるグリーンルームが用意されています。

2005年、2008年のグリーンルームは、ドロシーの弟子 カールトン・バーニーによってドロシーの世界観が再現されました。また、2010年のアカデミー賞晩餐会会場のインテリアを手掛けたシェリル・チェチェットは「ドロシー・ドレーパーに多いに触発された」と語っています。

ドロシー・ドレーパーが過ごした1900年初頭は、全体的にダークで重厚さを強調したヴィクトリア様式が全盛でしたが、ドロシーは大胆なテクスチャーを組み合わせ、『ドレーパータッチ』と称される、今までとは違うインテリアに挑んだのです。

今日では珍しくありませんが、明るいライトな色彩感覚とスケール感は20世紀前期から中期にかけて新鮮な風が吹くように米国の室内装飾に大きな刺激を与えました。

画像上:米アカデミー賞 Green Room (2008)
画像下:Hampshire House(ニューヨーク)

Dorothy’s history

ドロシーは、アメリカ有数の名家の娘として生まれ、上流階級が集う”タキシード・パーク”(タキシードの語源になった高級住宅地)で育ち、23歳の時にジョージー・ドレーパーと結婚をします。

彼女の曽祖父オリバー・ウォルコットは、アメリカ独立宣言でコネティカット州の代表として署名をした歴史に名を残す人物でもあります。また、夫のジョージーはフランクリン・ルーズベルト大統領の主治医としても有名でした。

3人の子供を産み、何不自由ない暮らしを約束されたドロシーでしたが、家庭の枠にはまることなく、完全なる男社会の中で、艱難辛苦しながら才能を開花させていくのです。

1923年には、米国初となるインテリアデザイン会社を設立し、インテリアデザインにとっても、女性の社会進出にとっても偉大な功績を挙げ、今なお多くの人々に影響を与えているドロシー・ドレーパー。

彼女が生み出した世界観はジャンルも世代も超えて広がり続けています。

»一覧に戻る